
夏の甲子園大会は22日の決勝戦で、県立高校の佐賀北が広陵を劇的な逆転勝ちで下して初優勝を飾った。目立ったヒーローのいない全員野球で優勝を果たした県立高校の快挙は日本中を感動させたが、一方でその影で涙をのんだ広陵サイドからは疑惑の判定に不満が噴出していた。
「一回戦突破が目標でした。いまだに何が何やら分かりません」
優勝した佐賀北の百崎敏克監督は、どこか呆然(ぼうぜん)とした表情だった。
高校球児のすべてが平成生まれとなり、指導法は時代に合わせて大きく変わった。血と汗と涙の熱血指導から、選手の自主性に任せた“放任主義”へ。今大会は、そんなチームが躍進したが、その筆頭が佐賀北だった。
百崎監督は、選手として同校で主将を務めたが、佐賀大会は4強どまり。国学院大進学後は野球から離れ、指導者になったのも偶然だった。
「監督がやりたくて教員になったわけではない。地元の農業高校で勤務していたとき、軽い気持ちで引き受けたのがきっかけだった」
最初に指導したのが15連敗中の弱小チームだっこともあり、「下手なプレーは見慣れていますから」と厳しく叱ることはせず、肩の力を抜いた指導法に徹した。選手には体調管理のための食事制限は設けず、就寝時間も各自に任せた。
こうした放任主義が選手に自覚を芽生えさせる。主将の市丸は「厳しいことを言うのは自分の役割だと思っている」と、自ら嫌われ役を買っ出た。
準決勝で敗退した春の覇者、常葉菊川の森下知幸監督も放任主義を取る。練習以外は一切束縛せず、選手は宿舎でゲームをするなど自由に過ごさせた。練習でもシゴキはなく、森下監督は「だって、何やかんやと首を突っ込んでいたら面倒だろう」と笑う。
かつて厳しい指導で知られた監督が放任主義に変わる姿も目立った。徹底した食事指導、厳しいランニングに水泳…、スパルタ指導の代名詞だった帝京の前田三夫監督は「社会が変わり、今はスパルタよりゆとりを重んじている」と、怒声をあげる場面は減った。
春は準優勝、今夏もベスト8に大垣日大を導いた阪口慶三監督も、名門・東邦を率いた時代の「鬼の阪口」から一変。試合中、笑顔やパフォーマンスで選手を鼓舞する「仏」の顔を見せるようになった。
“ゆとり教育世代”がまもなく社会に飛び立つ。彼らの力を引き出すには、厳しいだけの指導では難しいのか。そんなことを今大会は教えてくれた。
ZAKZAK 2007/08/23